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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
大小や持物を、子等之館に置いて来たのはこの辺の用意であったとみえる。武蔵は断崖の藤づるへ取ッついた。一尺一尺と宙へよじ登ってゆくのであった。人間の力とは見えない。何か宇宙の引力が一箇の地上の物体を徐々と引き上げているように見える。
「ようしっ」
征服した断崖の上で、武蔵は大声を張っていった。五十鈴川の白いながれの末から二見ヶ浦の渚まで、もうそこからは遥かに下に見えたのだ。
きっと、彼が眼をやった前方には、夜気に煙っている疎林の中へ、嶮峻な鷲ヶ岳が裾をひいていた。――痛む足をかかえて寝ていた旅籠の一室から、毎日のように仰いでいた、気に喰わない鷲嶺のすがたへ、彼は今、こうして肉薄して来たのである。
(石舟斎だ、この山は)
武蔵は、そう思って、ここまで来た。――あの腫れ上がっている脚を立てて、勃然と、旅籠を飛び出し、神泉を浴びて、ここへ攀じて来た彼の目的は、初めてそのらんらんとした眼に明らかになっている。――要するに、彼のおそろしい負けん気の底には、いまだに、柳生石舟斎という巨人が、頭へ暈をかぶせられているようで、気になってならないらしいのである。
ために、この山のすがたが、なんとなく石舟斎のように見え、足の患いに悩んでいる自分を、毎日、嘲るかのように睥睨している山の容が、忌々しくて、