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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

(――たけぞう、たけぞう、お前はお父さんの子? お母さんの子?)

すると、岸のほうで、父の無二斎の怒る声がした。母はそれを聞くと、英田川の波紋の下に影をかくしてしまった。――嬰児の武蔵は石ころの多い河原に抛り出されていて、月見草の中でワンワン泣いている、ありッたけな声を出して泣いている。

「……あっ?」

夢と知って、武蔵は眼をさましたが、とろりとするとまた、母か他人か、その女の人の顔が、彼の夢をのぞいて、彼をさました。

武蔵は自分を産んだ人の顔を知らなかった。母は憶うが、母の面影は描けない、ただ他人の母を見て、自分の母もあんな人ではなかったろうかなどと思ってみるに過ぎない。

「……なぜ今夜は?」

酒もさめ、気も醒めて、武蔵はふと天井へ眼をひらいた。煤けた天井に、赤い光が明滅していた。――燃え残りの炉の焔がそこへ映って。

見ると、ちょうど彼の寝顔の上の辺りに、天井から吊るした風車が、宙にふわりと下がっていた。

子の土産にと、梅軒が買って来たあの風車だった。そればかりでなく、ふと気づくと、武蔵が顔までかぶっていた夜具の襟にも、母乳のにおいが深くしみこんでいたのである。