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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

しかも、この武者修行は、今や死なんとしている体なのだ。――死なんとする境にあるために、そんな人間業でない力が出るのかも知れないが、とにかく、その飛び出しそうな武者修行の眼が自分の方を見つめて這い進んで来たので、又八は腰が竦んでしまった。

「……しょっ……しょっ……お、お、おねがい」

また何か、変った語音を出していう。意味はまったく分らない。ただ判じのつくのは武者修行の眼だ――死なんとするのを知っているその眼である――血ばしっている中に涙腺はかすかに涙みたいなものを湛えている。

「……たっ……た……たのむ……」

がくっと首を前へ折った。こんどはほんとに息が絶えたのだろう、見ているうちに襟首の皮膚の色が青黒く沈んで行った。草むらの蟻がもう白っぽい髪の毛にたかっている。血のかたまった鼻の穴を一匹はのぞきこんでいた。

「? ……」

何を頼まれたのか、又八は茫としているだけだった。けれどこの怪力の武者修行が臨終の一念は、自分へ憑き物のようについていて違えることのできない約束の負担を負わされたような気持がしてならない。――自分の病苦を見て、薬を服ませてくれたり、誰か来たら合図してくれと頼まれたのに、うっかりしていて、それを告げてやらなかったことなども、妙に深刻な宿縁みたいに思い出されてくる。