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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
風がふいて来たようにその男の体から烈しい空気がうごいていた。いきなりお通のそばへ来て足を止めたのである。そしてお通の持っている手綱を咄嗟に引ッ奪くり、
「降りろっ」
顔は、城太郎へ向けて、命令するのだった。
かつ、かつ、かつ、と年より馬がまた脅えて後退りするので、城太郎は鬣にしがみつきながら、
「な、なにさ! 無茶なことすんないっ、……この馬、おらが借りてる馬だぞ」
「やかましい」
鎖鎌は、耳も貸さない。
「これ女」
「はい」
「おれは、関の宿からちょっと引っ込んだところの雲林院村にいる宍戸梅軒という者だが、すこしわけがあって、この街道を、今朝暗いうちに逃げていった宮本武蔵という者を追いかけて来たのだ。もう相手はとうに水口の宿場も越えているだろう、どうしても、江州口の野洲川あたりで彼奴を捕まえなければならねえ。……その馬を、おれに譲れ」
ことばの早いのみで、肋骨に波を打っていうのだった。靄が樹々のこずえに絡んで氷の花になるという寒さなのに、見れば梅軒の喉くびは、爬虫類の肌のように汗光りがして太い血管がさらにふくれている。
――立ち竦んだまま体の血液をみな大地へ吸いこまれてしまったように、お通の顔は見ているまに異様に白くなってしまった。