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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

うに――迅さは※(「角+力」、第3水準1-91-90)斗雲に劣らないまでも、そんな他見などは、城太郎にはちっとも出来ない。

「――止めてくれッ、止めてくれッ、止めてくれえッ」

あぶないあぶないが、いつのまにか止めてくれに変っていた。そのうちに柑子坂の急勾配へ上からかかると、俄然、

「助けてくれえッ」

とまた変って、逆落しに駈けてゆく馬の背中で、彼の体は鞠みたいに弾み出し、いよいよここらで、大地へたたき捨てられてゆくのがオチであろうと思われた。

ところが、坂の七合目あたりに、崖の横から出ている椋か柏の木か、何しろ喬木の一枝が、わざと道の邪魔しているように横へ出ていた。その枝がバサッと顔へ触ると、城太郎は、この樹こそ自分の声が天に通じて手を伸ばしてくれた救いの神と思ったのか、途端に馬の背から蛙のように梢へかじりついてしまった。

馬は、空身になると、なおさら勢いを加えて坂の下へ素ッ飛んで行ってしまうし、城太郎は当然、梢に両手をかけて、宙にぶらんこをしているほかはない。

宙といっても、地面からものの一丈とはない空間であるから、すぐ手を離してしまえば、なんのこともなく地上へ帰れるのに、そこは人間が猿でない証拠である。