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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
朱実は、籠から蒼空へ出た小禽のような自由を持ったが、なんといっても、いちど海で仮死の状態になった体である。そうぴちぴち飛んでも行けないし、殊には、憎い男性のために、処女のほこりに消えようもない烙印を与えられた傷手と――それに伴うて起るさまざまな精神的また生理上の動揺というものは、そう三日や四日で、易々と癒えるものではない。
「くやしい……」
朱実は、三十石船のうちでも、淀川の水をみな自分の涙としても足らないほど嘆いた。
その口惜しいはまた、単なる口惜しいではない。――この身体のうちに、べつな男性を恋しているがために――その人との永久の希望を、あの清十郎の暴力のために破壊されたと思うがために、――さらに複雑だった。
淀のながれには、門松の輪飾りや、初春のものを乗せた小舟が忙しげに棹さしていた。それを見ると、朱実は、
「……武蔵様に会っても?」
と、惑いの下から、ポロポロとなみだがこぼれてくる。
五条大橋のたもとに、武蔵が来て、本位田又八を待つという正月の朝を、朱実は、どんなに心待ちだったか知れないのである。
――あの人は何だか好きだ。
こう思い初めてから、朱実は、都会のどんな男性を見ても、心をうごかしたことはない。