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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
徳川の二代将軍秀忠が、江戸の開府に、今一生懸命のところだからな。――だから京女がぞくぞく江戸へ売られて、角町だの、伏見町だの、境町だの、住吉町だのと、こっちの色街の出店が二百里も先にできてしまった」
「…………」
「娘さんなぞは、誰にでもすぐ目につくから、そんなほうへ売り飛ばされないように、また変な野武士などに引ッかからねえようにずいぶん気をつけないと物騒だぜ」
「……叱っ!」
朱実はふいに、犬でも追うように、袂を肩へ振り上げて、後ろを睨めつけた。
「――叱っ、叱っ」
げらげらと八十馬は笑って、
「おや、こいつあ、ほんとのキ印だな」
「うるさい」
「……そうでもねえのか」
「お馬鹿」
「なんだと」
「おまえこそ気狂いだ」
「ハハハハ、これやあいよいよ間違いなしのキ印だ。かあいそうに」
「大きなお世話だよ」
つんとして――
「石をぶっつけるよ」
「おいおい」
八十馬は離れない。
「娘や、待ちな」
「知らない、犬っ、犬っ」
実は朱実は恐かったのである。そう罵ると、彼の手を払って、驀っしぐらに走ってしまった。そのむかし燈籠の大臣といわれた小松殿の館があった跡だという萱原を、彼女は、泳ぐように逃げてゆく。