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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

凄い面がまえにも似もやらず、捕まえた餌物をむしろ嬲るかのように気が長いのである。

「――泣くことはないじゃないか。何も、泣くことは」

そんなことを、耳へ唇をつけていってみたり、

「娘やは、男を知らないのか、嘘だろう、もうおめえぐらいな年頃で……」

朱実は、いつぞやの吉岡清十郎を思いだした。その時の苦しかった呼吸が考え出された。でも、あの時とは比較にならないほど、心のどこかに落着いたものがある。……あの時のせつなこそは、部屋のまわりの障子の桟も見えない心地がしたほどだったが――。

「待ってくださいッてば!」

蝸牛のようになったまま、朱実はいった。なんの意もなくいったのである。病後の体が火みたいだった。その熱すら、八十馬は病気の熱とは思っていない。

「待ってくれって? ……よしよし、待ってやるとも。……だが、逃げるとこんどは手荒になるぜ」

「――ちいッ」

肩をつよく振って、八十馬の執拗な手をふり退けた。やっと少し離れた彼の顔を、睨めつけながら起ち上がって、

「――何するんですっ」

「わかってるじゃねえか」

「女と思って、ばかにすると、わたしにだって、女のたましいというものがあるんだから……」