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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
みしっと、足の裏から白い光が走った。見ると、薄氷を踏んでいるのだった。いつの間にか、彼は河原に降り、加茂川の東岸を歩いていたのである。
水も空も、まだ暗澹として、夜明けの気ぶりも見えない。流れのふちだと気がつくと、急に足が出なくなった。今までは鼻を抓まれても分らないような厚ぼったい闇を、吉田山の下からここまでなんの苦もなく歩けて来たのであったが――
「そうだ、火でも焚いて」
堤の蔭へ寄って、武蔵は、そこらの枯れ枝や木片れや、燃えそうな物をあつめた。燧打石を磨って、小さな炎とするまでには、実に克明な丹精と辛抱が要るのだった。
やっと、枯れ草に炎がついた。その上へ、積木細工のように、大事に燃える物を組んでゆく。或る火力にまで達しると、急に育ち上がった炎は、こんどは風を呼び、火を作った人間へ向って、ぐわうっと顔でも焼きそうに背伸びしてかかってくる。
ふところから餅を出して、武蔵は、それを焚火であぶった。焦げて、ぷーと膨らむ餅を見ていると、またしても、彼は少年の頃の正月を思い出し、家なき子の感傷が、泡つぶみたいに、心のうえで明滅する。
「…………」
塩気もない、甘味もない、ただ餅だけの味だった。