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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
……又八さんは、あの言伝てを聞いていないから、ここへは来ません」
やっと、それだけをいって、朱実は濡れた顔を、武蔵の胸へ押し当てたまま痙攣していた。
こういおう、ああいおう、と考えていたことは皆、泡のように、熱い血のなかで明滅しているに過ぎない。――まして、養母の手でむごい運命へ突きのめされた――あの住吉の浦から今日に至るまでのことなどは、どうしても口に出なかった。
もう橋の上には、うららかな初日影を浴びて、清水へ初詣りにゆく初春着の女たちや、廻礼にあるく素袍や直垂衣の人影が、ちらほら通っていた。
その中から、ひょっこり、年の暮も正月もない、河っ童あたまの城太郎が姿を見せた。橋の中ほどまで来て、武蔵と朱実のすがたを彼方に見つけ、
「あれ? ……お通さんかと思ったら、お通さんじゃないらしいぞ」
怪しい男女の行為でも見たように、城太郎は変な顔して足を止めた。
二
折ふし誰も見ているものがないからいいようなものの、往来の端で、胸と胸を寄せてじっと抱き合っているなんて――大人のくせに――男と女のくせに――と、城太郎はびっくりせずにいられない。
しかも、尊敬しているお師匠さまが。