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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

「あの腕木門か」

「いや、その隣の角屋敷」

「ふム……宏壮なものだな」

「出世したものさ。三十歳前後の頃には、まだ、薄田兼相などといっても、世間で知っている奴はなかった、それがいつのまにか……」

赤壁八十馬のことばを、又八はそら耳で聞いていた。疑っているのではない、もう彼のことばの端など注意してみる必要を感じないほど信頼し切っていたのだった。――そしてこの巨城を取巻いている大小名の門をながめて、

「おれも」

と、鬱勃としてくるものを彼も抑えきれない青年だった。

「じゃあ、今夜ひとつ、兼相に会って、うまく貴公の体を売りこんでみせるからな」

八十馬は、そういって、

「――ところで、例の金だが」

と、催促した。

「そう、そう」

又八は懐中から、革巾着を取り出した。少しくらいは、と思いながらいつのまにかこの革巾着の金も三分の一になっていた。その残りの底をはたいて、

「ざっと、これだけあるが、これくらいなおくりものでいいのか」

「いいとも、十分だ」

「何かに包んでゆかなければいけまいが」

「なあに、仕官の取做しを頼む時の、御推挙料だの、御献金だのというやつは、薄田ばかりじゃない、公然と誰でも取っていることだから、何も憚って差し出す必要はすこしもないのだ。