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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

彼らの数がふえ、行動が遠く伸び、本社との聯絡が疎くなれば、弊害の次第に激化するのも当然であるが、それが官権によって制御せられず、実際にまた偏鄙の土地であるだけに、悪いたくらみを働かすほどの誘惑もなく、むしろ適度の慰安と激励とを配布しつつ、過ぎていた期間も相応に久しかった。今ある一見不可解な色々の民間の言い伝えの中には、こういう異常な動揺のために、印象づけられて残ったものがないとは言われず、たとえば弥勒二年というような類のない私年号なども、或いはその一つであったろうとも考えられぬことはない。ただ是と寛永年間の鹿島躍流行との間には、百年以上の経過があり、寛文十年の事触禁止は、それからまた五十年も後であった。中間に幾度かの起伏があったことは考えられるが、それにもせよともかくも弥勒出世の信仰は、世直しの思想と結びついて永く続き、さらにその特色に富みたる行事形態を、物みな変り果てたとみられている、昭和戦後の今日まで、保存していたのである。仮にその背後にさらに悠久の昔の世を、推定し得る望みがまったく無いときまった場合でも、なおこの現象は伝えておく価値がある。