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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

一〇 世持神と世持役

。日本の古来の農村でも、米は重要なる食料という意味で、主食と謂うことはできたか知らぬが、常食ということは事実に合しなかった。米よりほかに食うものが無いという地方などは、近世以後の埋立新田のほかには有り得なかった。そこには都市が興り商工が繁栄して、いわゆる米穀経済を成立せしめたけれども、それは交易のまた新らしい段階であって、なお一部の古風の家庭ではついこの頃まで、白い飯を炊くのは神の日か仏の日、節供・祭礼・祝い事のような、折目立った日に限るのが普通であった。驚くべき最近の増産技術の進歩と、自由なる外国貿易の展開とが、今辛うじてそれを可能にしたばかりで、しかも現実にそれを許されぬ家々もまだ多いのである。

一〇 世持神と世持役

ことに南方の諸島においては、温暖多湿の一、二点は別にして、自然の条件は必ずしも万全であったとは言えない。砂地石地の始めから稲作に適せぬ地域が広い上に、たまたま水田に拓き得た場合にも、僅かな例外を除いては、嵐や高浪などの外部の障害に対して、自衛の道が立てにくかった。勿論是がまた古い祖先の、神の好意をいつまでも信頼せんとした理由であったろうが、同時にまた広く諸処の海辺を経歴して、比較を重ねたうえの選定ではなかったことが察せられ、手短かに言うならばこの方面の移住は日本よりも古く久しく、しかもなお