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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
四
、第3水準1-91-30)苡仁」の三字で、字の形はすぐ覚えたが意味は不明、それよりもまず何と読むのかが、知りたくてたまらなかった。少年が始めて漢字を習得するのには、本よりも何よりも、こういうのが最も適切な方式であった。私は自身の悩みを処理する力として、二つと半分の未知の文字に当面したので、それを即座に自分のものとしようという、意欲に燃えなかったらむしろ白痴であろう。父の解説はしかも満点であった。これはヨクイニンと読む。おまえたちが毎歳採ってくる、あのジュズ玉の皮を取ったものなのだと教えてくれた。これを聴いた時からちょうど七十年、まだ宿根は残っているものとみえて、今頃またこのような話を花咲かしめることになった。疣も現在はもうすっかり治っているのだが、やはり縁に引かれて時々は想い出される。
四
新たな経験は次々と、この幼い日の思い出の上に積み重ねられた。最初の一つなどはまずしくじりの例だが、なおかつそれに導かれて思いかけぬ問題にめぐり逢うことができた。疣から多分四年の後に、私は親に別れて関東の土を踏み、茨城県の西南隅、布川という町に暫く住んでいたが、その頃がちょうど鳩麦煎餅という、紙の筒に入った丸い煎餅の、人気に投じて盛んに売り弘められた時で、その製造元は爰から五、六里の、たしか鳩崎という小さな町にあった。