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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
五 路頭託宣
しかも筆者はまだ決してその希望を棄ててはいないのである。
五 路頭託宣
鹿島事触の路頭託宣という言葉は、古人のすでに用いているのを珍らしいと思っただけで、新たに私が作り設けたものではない。記録文芸に痕を留めた事例こそは僅かであろうが、この民族の信仰が是によって生育し、繁延し変化し複雑化したことは、中世以後にあってはむしろ普通だったと言い得る。近頃の踊る宗教を見ても察し得られるように、見知らぬ人たちが旅からやって来て、新らしい教えを説こうというのには、踊ることは近路であり、また有効なる方法でもあった。声高な言語は行く人を立ち止らせるが、趣意を汲み取らぬうちに、さっさと行き過ぎる者を制止することができない。これに反して踊には切りがあり、また際限もなくくり返されて、だんだんと印象を成長させる。狂言記などの中には、移るという語を盛んに使っているが、単純な人たちはじっと気を取られて見ているうちに、思わず手ぶりを真似、間拍子に乗って、しまいには我知らず人数に加わってゆくというような習性が空也以前、「八幡種蒔く」よりももっと昔から、すでにこの島国の住民たちの、もっていた長処短処であるように私には考えられる。