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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

五

私は今から三十年の昔、ひとたび沖縄を訪れた際に、故尚順男爵の宝貝の蒐集を見せてもらったことがある。首里からすぐ近い別荘の前の海で、手ずから撈い捕られたものばかりというのに、名も附けきれないほどの何百という種類で、形よりも色と斑紋の変化が目ざましく、今でもあの驚きを忘れることができない。「沖縄が世界に稀なる宝貝の豊産地であったこと」は、是ただ一つの材料からでも、証明し得られるかと思うほどの整理ぶりだったが、あれは結局どうなってしまったろうか。尚男一家の悲惨なる遭難始末とともに、まだ私たちの処へは詳かに伝わってこない。島の歴史の尋ね難く、その僅かな手がかりすらも、またしても埋もれてしまうことを、いつまで我々は経験しなければならぬのであろうか。今老境にさしかかって、特にこの点を淋しく思う。

五

言葉は散漫微弱なる資料には相違ないが、その伝播と保存が無意識であるだけに、偶然に或いは過去の変遷を、跡づけしめるものをもっているかも知れない。たとえば現在タカラガヒの名をもって総括せられている、あの小さい美しい一種の貝の地方名は、沖縄諸島の南北を通じて、シビと呼んでいる例が最も弘い。