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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

一四

、漂流でないことは言うまでもなく、いずれ危険も艱難も伴なわずにはすまなかったろうが、ともかくも距離はそう遠くもなく、且つ現在までの生活境遇と比較して、顕著なる改良が期待せられる場合には、稀には昔の人たちでも、こういう移住を決行することがあったろうと思う。秦の徐福の童男童女などは、どこまでも譚奇の物語としか私には思われぬが、こうした空想のベースとなったものは、必ずしも蓬莱扶桑の神仙信仰だけでなく、別に海にいたつく貧苦の民の、年久しい言い伝えの沈澱したものがあったために、とくに一般の印象を強め、記憶を容易にしたものかとも推測せられる。

一四

そこで最初にまず考えてみなければならぬのは、舟というものの機能の幾つかの段階であるが、是はすでに松本信広氏らが、最も慎重なる比較調査を進めておられるのだから、諸君は安んじてその結果を待たれてよい。ただきわめて少数のそれを待ち切れぬ者のために、大づかみな見越しを試みるならば、舟はもと内地の小さな止水の上で、発明せられたものであったとしても、是が大陸の沿海地方にまで、移し用いられるようになるのは容易でありまた自然である。