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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
六
是は無意識の伝承というべきものであろう。
六
海からくさぐさの好ましいものを、日本人に寄与した風の名を、アユと呼んでいた理由はこうして説明し得られるが、是が日本海の沿岸だけに弘く伝わって、東や南に面した海辺には知られていないのは、やはり海運史の問題であろう。寄物は個々の地域地形に伴なう現象だから、どこでも一様にこの風の名を、知って用いていたとは限らない。これが今日のごとく適用するようになったのは、風をたよりの人たちの、往来の力と思われる。外でも同じ言葉をおおよそ同じ意味に、使う者が多いと知ることが、言わば標準語の底力であって、古いとか正しいとかいうのは問題でない。この意味においてはアイの風は方言でなく、方言は他にもあるのかもしれぬが、今はまだ発見せられていないのである。
或いは地名などの中に埋もれて今も伝わっているのかもしれぬ。一つの例として心づくのは、尾張のアユチガタ、後には郡となりまた県の名にもなったが、古くは年魚市(アユチ)とも字には書いて、越中と同じにアユと発音していた。場所は熱田の神宮の東に続く平沙の地であった。ちょうど伊勢の海の湾口をほぼまともに向いて、潮の流れと主風の方向とに、今昔の変化は無いかどうか、まだ自分には確かめられぬが、ともかくも爰に蓬莱の仙郷を夢想し、徐福・楊貴妃を招き迎えようと