轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
三
三
ともかくも鼠が海を渡って行くのには、たった一ぴきだけでは冒険をしなかったようである。前にも言っておいた瀬戸内海の西部、伊予の黒島の鼠の話というのは、『古今著聞集』の巻二十に記録せられて、古い話であるが作りごとではなかったと思う。場処もどの辺ということが土地の人にはよくわかっている。矢野※保という荘園のうちで、人里より一里ばかり離れたところだとある。安貞の頃(一二二七)、桂はざまの大工という網人、網を曳こうとして窺いありく時、この黒島のほとりの磯の水面がおびただしく光るのを、魚とばかり思って引いたところ、それがことごとく鼠であった。鼠は浜に引上げられて皆ちりぢりに遁げうせ、島にはそれ以来鼠満ち満ちて畠の物を喰い失い、耕作ができなくなったという話。つまりは命がけで海を渡ろうとしていた鼠の群を、物のまちがいとはいいながらも、介抱してつれこんだことになったのである。
京都の読書人には、是はたしかに珍事異聞の一つであったろうが、話が中央まで伝わったのは是だけでも、他にも同種の現象が無かったとは言い切れない。時刻は深夜だったらしいから、誰にも見つからずに、また魚類ともまちがえられずに、海を渡っていた鼠の群は幾らもあったかと思われる。