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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

一六

、故郷の浜に還ることも不可能ではなかったろう。

一六

そこでいよいよ私の問題の中心、どうしてそのような危険と不安との多かった一つの島に、もう一度辛苦して家族朋友を誘うてまで、渡ってくることになったのかということになるのだが、私は是を最も簡単に、ただ宝貝の魅力のためと、一言で解説し得るように思っている。秦の始皇の世に、銅を通貨に鋳るようになったまでは、中国の至宝は宝貝であり、その中でも二種のシプレア・モネタと称する黄に光る子安貝は、一切の利慾願望の中心であった。今でもこの貝の産地は限られているが、極東の方面に至っては、我々の同胞種族が居住する群島周辺の珊瑚礁上より外には、近いあたりには、これを産する処は知られていない。ことに大陸の沿海のごときは、北は朝鮮の半島から馬来・印度の果まで、稀にもこの貝の捕れるという例を聴かず、永い年代に亙ってすべてこれを遠方の島に求めていた。単なる暖流の影響という以上に、浅い岩瀬でないと生息しなかったためかと思われる。今でも南海の産という言葉を、心軽く使っている人も有るようだが、古くは嶺南の陸路は通じなかったのみでなく、海まで降りて行けば必ず手に入ると、いうものでは決してなかったのである。