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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
五
是に比べると一方は話上手で要点を抑え、したがうてまた間ちがいが有れば見つけやすい。ことに小野氏の『啓蒙』などは、啓蒙というだけあっていつも心安く、物を尋ねに近よって行かれる。是が追々に国民と縁の無いものになって行くことは、何と考えても淋しいことである。
五
ともかくも日本前代の学者たちは、百数十年も前からこの二種の差異を知り、且つわかりやすくこれを説明していた。ただ近頃の分類先生のごとく、急いで是に自分の名を付けようとしなかったのみである。たとえば蘭山先生の前出の書などは、※(「くさかんむり/意」、第3水準1-91-30)苡の目の下に食えるのを二種、食用とせぬもの二種を列記し、後者は宿根であって荒野に自生し、実大きく皮いたって硬く、実中に自ら穴あって穿って貫珠となすべし。すなわちジュズダマ等の名をもって知らるるは此方であるとわかりやすく明示している。是によって新たに考えられる問題が三つ、まず第一に挙げられた食用種、享保年間に我邦に渡ってきてまだ薬鋪にも出ぬというものが、真の※(「くさかんむり/意」、第3水準1-91-30)苡だということはどうしてきまったろうか。