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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

三

三

親たちはたいていズズダマと謂っていたようだが、私などは寺詣りの爺媼の手首に掛ける数珠と同じものと思って、みなはっきりとジュズダマと呼んでいた。この実を採りに行くのも、糸に通して遊ぶためであったが、珍らしいことにはそれは手くびには掛けず、長く二重にも三重にもわがねて、めいめいが頸から帯のあたりにまで垂らしていた。法華行者や山伏などの長い念珠を首に掛ける者も、絶無ではなかったろうが、あの頃はそう普通でなかった。後に東北のイタコの数珠や、アイヌの頸飾りなどを見るようになって、ジュズとは呼びながらも我々の真似ていたのは、もっと古風な、また国風なものだったことに心づいたことである。

こういうたわいもない子供遊びを、生涯記憶している因縁は他にも一つあった。多分は私の九歳の年、その翌年は家が変ったから、それよりも遅いことはない。顔から手足一面に疣ができて、どうにもほうっておけないことがあった。父は漢法医の業を廃した人だったので、紙に三つの漢字を書いて、近くの生薬屋に求め、それを粉にして呑んだが少しもうまいものでなく、第一に分量が多いので閉口した。それよりも多分の好奇心を抱かしめられたのは、紙に書いてあった「※(「くさかんむり/意」