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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

二〇

の疆域を守って、そう無造作には出て行かなかった。まして海上の不知不案内を犯して、危険と闘うような必要などは有り得ないはずであった。高千穂触峯の旧伝を否定して、人類遷移の法則を合理化しようとすれば、どうしてもこうした中世式な考えかたを見習わなければならない。お蔭で日本の国の始めは、存外に新らしいものになってしまった。島国成立の年久しいということは、いわば我々の艱苦の永く続いたことを意味し、必ずしもそれを誇りとして立証すべきものでもあるまいが、仮に私などの推定せんとするごとく、いわゆる東夷の活躍が次第に影響を中原の文化に及ぼし、宝貝の重視熱望がほぼ頂点に達せんとした時代が、ちょうど極東列島のいずれかの一つに、始祖日本人の小さな群が足を印した頃らしいときまると、それから後の約二千年、すなわち安全なる年代記に繋がるまでの大きな空間は、まずそっくりとこの九学会の領分に入ってきて、外ではただ研究の成果を期待することになるであろう。みなさんの責任は無上に重くはなるが、この想像はかなり爽快なものだと思う。

二〇

私は年をとり気力がすでに衰えて、そう多量の仕事を分担することが許されぬが、稲作の問題だけは、是からもなお些しずつ考えて行き、必要とならば横合いから口を挟んでみようとしている。