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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

二三

最初に彼らはたった一度だけ、至って制限の多い、雨ばかりを頼らなければならぬ土地において、僅かな稲作を続けなければならなかったが、それは予期せざる遭遇であり、また偶然の大きな発見があったためと解せられる。いよいよ海辺の民の常道に復して、半農半漁の生計を持続し、また発展させるようになると、むしろ中間の小さな平島はさしおいて、次々と水豊かに草木の濃く繁った、地形の雄大なる陸地に、将来の足掛りを、求めようとしたであろうし、栽えて稔りを待つほどの忍耐をもって、気永に風と潮行きとを観測してゆくとすれば、今度は海の上の失敗もよほど少なくすることができたことと思う。

二三

以前は南方の島々には、焼いて掘り窪めて舟にするような大木が多く、それを何隻か結び連ねて、泛びやすくまた覆り難くする技術も、夙く進んでいたかと思う。日数のかかるということを問題とせずに、次々と日和を見定めてドアヒ(渡合)を乗り切れば、いつの日にかは北方の大きな島々にも渡りつくことができたものと見られる。かつて私は西南の島々に、幾つかの古見または久米と呼ばれる地域があり、いずれも稲作の古く行われた痕跡らしいと説いておいたことがある。