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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

一八 天孫氏説起源

オボツはもとニルヤのオブ、すなわちこの霊域の最も浄い奥地と感じたからの名だったかもしれぬ。もしそうだとすれば、是が新たな神観の移行を導くに便だったことは、海をアマといい、天をアメという二つの日本語の互いに繋がり通うていた実状からも類推し得られる。ともかくもアマミヤ世の遠い昔から、アマミは一つの海の国の名であった。本州では是を南の島の名とし、沖縄ではまたこれを隣の島の名としていたことに不思議はなく、そこに住む者そこから来る者をアマミキョと謂ったのも自然である。それをあながちに天の御子と解しようとしたばかりに、そのアマミヤの元の意味が不明になってしまった。新らしい学問の働くべき余地は、こういう部面になお残っているようである。

一八 天孫氏説起源

或いはもう心付いた人が有るかも知れない。沖縄の史学において、初期の王統を天孫氏と称え出したのは、『中山世鑑』または同じ著者の述作が始めであって、それは島津氏の沖縄入りよりは、また四十何年か後のことであった。この間には公の信仰にも若干の変化が起こり、一方には前代日本に関する知識が進み、さらにまた目前の政治上の必要もやや感じられたかと思うが、とにかくに天孫氏二十五代、一万七千八百〇二年の数字を推算したことは、単なる古伝の祖述を超越した勇断であった。