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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

近世に入ってからは、この記録はぽつぽつと現われている。本州の北端では津軽領の某浦に、延宝七年(一六七九)の四月、浦人磯山の頂に登って海上を見渡し、おびただしく鰯の寄るように見えたので、漁船を催して網を下げ、引揚げて見たところが、下腹の白く頭と背通りの赤い鼠億々無量、網にかかってあがるとあって、是はひる間の話のようで少しそそっかしい話だが、大きな網だからもう中止することができなかったものと見える。浜へ引寄せてから人々立寄り打殺したけれども、其鼠の残りども悉く陸へ上り、南部秋田領まで逃げ散り、苗代を荒し竹の根を食い、或は草木の根を掘り起し、在家に入りて一夜のうちに五穀を損なうこと際限なかりし。然るにその山中に入りたる鼠どもは、毒草でもあったものか、そこここに五百三百ずつ、一所に重なり合って死んで居たとあるのは、注意すべき事実であった。

この記事を載録した大田蜀山の『一話一言』には、それに附け加えて下総のシンカイという処でも、近頃島渡りの鼠と称して、漁夫の網に鼠がかかり、網を損じた例があると誌している。この近頃というのは文化文政の交と思われるから、津軽の事件から百三、四十年の後である。