轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

はすなわち我が思うままということで、この文句を踊の歌として覚えている人は喜界島以外には無いだろうが、おおよそ昔話という語を知るほどの日本人ならば、聴いて思わず膝を打ち、またはうなずき微笑せぬ人はあるまいと思うくらいに、是は有名なる我々の昔話の語りごとであった。それがいつのまにかこの奄美の島の節祭の古伝の中に忍びこんでいたのである。

「鼠の浄土」という名をもって、この昔話は全国に行き渡っている。土地によって細部には少しずつの潤色はあるが、大体の筋は互いによく似ていて、つまりは一種の異郷訪問譚の、思い切って童話化せられたものだった。鼠の浄土は財宝に充ちたる隠れ里で、人間の住む村から目と鼻というほどにも近い処にある。正直爺さんが招かれてそこに往ってみると、沢山の鼠が集まって、

猫さへゐなけりゃおれが世ぢゃ

と歌いつつ餅を搗いていたと謂い、または、

猫さへをらねば世の中チャンカラコ

と、機を織っていたという話もあり、或いは老いたる男女の鼠が奥の間で、

百になつても、二百になつても

ニャンゴといふ声、聴きたくないでや

と歌っていたとも語り伝えられる。そうして色々の好い物をもらって、還ってきた爺さんがその話をすると、例の隣の慾深爺が羨んで真似をする。