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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

一方民間の説話に至ってはもっと安らかに、亀が出てきて暫くの間、私の背なかに乗っていてください。もしくは竜宮の使者が、私がよろしいというまで、目を瞑って私につかまっていてくださいと言うと、すなおにその通りにしていて、ほどなく金碧光り耀く常世の浜に到着した、という風にも語ることになっていて、それをさも有りなんと息を詰めて、聴き入っていた人がもとは多かったのである。この程度の不思議ならば、まだこれを受け入れる力があり、驚きはするが疑う者はなく、まして戯れのこしらえ事と思う者はなお無かった。

ところが一方の鼠の浄土となると、もう何としても本気に聴くことはできない。第一に今いう動物報恩譚が流行して、相手の動物とはすでに事件の起こる前から、交渉があったということにすれば、そう遠方までこの世界を引き離すことができない。魚や小蛇の命を助けたという場合だと、たまたま遠く遊びにきていて、危難に遭うていたのが救われたという話も成り立つが、鼠ではそれを説明しにくく、勢い村近くの地面の下に、彼ら鼠どもの隠れ里も有るということになって、正直爺さんがいかにしてそこを訪れたかが、いよいよ問題とならざるを得なかったろう。