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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
そうして一方には現実にその経験をもった人々には、今までそれを談り合い、また考えてみるような機会が、極端に少なかったのである。或いはそのために私などの場合のように、一つ二つの見聞ばかりがあまりにも騒ぎ立てられて、結局は綜合の利益が収められずにいたのであろう。魚の尾や小鳥の足にも番号をはめて、放してみるような世の中になったのだから、今に僅かな比較と推理とによって、何かが教えられる時がくることと思っている。かつて九州の南部の田舎を、あるいてみた時にも私は気がついた。それから注意して友だちにも尋ねてみたが、あの方面には椰子の実で作った酒器を持ち伝えている家々は少ない数ではない。支那の旧書に見えるような、盃の話はあまり聴かないが、大抵は例の焼酎入れ、または小さな酒徳利の携帯用のもの、時としては腰下げの煙草入れなどもあって、必ずしも十襲珍蔵というほどではなくとも、物が堅固なだけに重代の品が多く、従ってどうして手に入れたか、どこの海岸へ漂着したものかを、今となっては尋ね知ることが難い。ただ或る程度までは現在の分布によって、比較的どの方面にその事例が多かったかを、推測することが許されるまでであろう。