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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

そうして少なくとも日本の古文献においては、この語りごとはまだ根の国が完全なる死者の島と、なってしまわない以前の時期に属している。今でも気をつけて見るとこの伝説は、幾つもの筋から辿って行かれそうに思うが、我々の来世観は本来はそう陰鬱な、また一本調子のものでなかったようである。死んで地獄に堕ちるほどの悪いことをした覚えもなく、さりとて極楽へすぐに迎え取られるという自信もない者が、実際には多数だったためもあろう。あれほどねんごろな念仏法門の説教絵解きがあったにもかかわらず、まだ日本人の魂の行くさきは、そう截然たる整理がついていなかった。そうして種々の雑説俗説の並び行われたという中でも、だいたいに明るくまた自由で、笑いも楽しみも事を欠かず、来たり還ったりのできる処のように、想像するものの多かったのは、やはり上古の習わしの名残とも見られる。黄なる泉というような漢語を、心なしに借用したのも古い事なのだが、それはあの頃の葬法とも一致しなかった。まして根の国を暗いつめたい土の底と考えるなどは、一種神道家の哲学とも名づくべきもので、彼らは死者の穢れを厭うあまりに、この解説を仏者に委ね去り、清い霊魂の問題に対してまで、時代に相応するだけの研究をし終せなかったように思う。