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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
第二、第三の方法は必ず試みられなければならない。
椰子の実の日本語は、いつの昔からともなくヤシホまたはヤシゥであった。是が器物として利用せられたのも年久しい事であろうのに、あんな古い記録の次々と承け継がれていたばかりに、近世になるまで依然として一種の珍奇であった。手近な例として挙げられるのは、江戸叢書の中にも採録せられた『嘉陵紀行』、是は村尾嘉陵という江戸の小吏が、勤務の暇あるごとに郊外の各処に日返りの旅行をした日記を集めたもので、時は文化から文政に掛けての、十数年のことだったかと記憶する。或る日新井の薬師から江古田の村あたりをあるいて、路傍の休み茶屋の豆腐屋を兼ねた店先に腰を掛けると、その家の老婆が頻りに嘉陵が携えていたヤシホの盃に目を留め、その名を尋ね知っていよいよ珍らしがり、やがて出て行って一合ばかりの酒を求め来り、どうか一つめしあがったあとで、私にもその盃でいただかせて下さい、といったという話が、至って素朴に記述してあった。僅か百年と少し前までは、こういった快活な女性が、まだあの辺りにもいたということもなつかしいが、同時にまたこの一種のエキゾチシズムが無限に持続して、ついに我々の学問に繋がるのも愉快だと思う。