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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

『延喜式』の典薬寮式に、大和・近江等より進貢した年料の雑薬にもこの名が見え、その他この前後に世に出たいくつかの文献には、いずれも同じ文字のみが使われていて、主たる用途は薬もしくは呪法であったが、なお稀々にはこれを食餌に供することもあった。すなわち当初この漢名の入って来た頃には、まだ原地にもそう細かな名称種別はなく、また色々の地方名が知られなかったのかも知れない。

次に問題となるのは第二の食用種、是は京都周辺の農村においても、以前から栽培せられていた。トウムギまたは朝鮮ムギ等の名があって、やはり或る時代の追加だったかも知れないが、この方は実の形も皮の硬さもよほど在来のズズダマの方に近く、ただ秋後に苗根ともに枯れることが、現在のいわゆるハトムギと同じなのである。そこで私の知りたいと思うのは、この二種の特質は持って生まれたものか、ただしは播種という人の保護が加わって後に、次第に根株の自存力が衰えてきたものか、稲の普及の歴史のためにも参考になる点なのだが、今のところではまだ教えを請いに行く方角がわからぬ。始めてこの植物が人生と交渉をもったのは、はたして食用が第一次であって、呪用薬用ないしは装飾用は後と、言えるかどうかがまた一つの問題になる。