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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
或いは二月八日のコトの日だったかに、襟かけ餅と称して七歳の童児のために、小さな餅の幾つかを糸に通し頸にかけさせ、丈夫に育って行くまじないにした慣行が、関東の一部に近頃まであったのも、やはり同系統のものと見ることができるであろう。
今から千年余りの前までは、日本は頸飾りの最も普及した国だった。それがこういう自分の推定を危ぶむまでに、根こそげに消滅してしまった理由は如何。その点をこそまず尋ねてみなければならなかった。我々が是から手を着けようとする西南の島々には、こちらに比べるとまだまだ多くの昔が残っている。沖縄では神に奉仕する女流の家々に、水晶その他の曲玉管玉が伝えられて、それがまず近年の訪問者を驚かせたけれども、是らはもとより海中の所産ではなかった。すなわち旧来の慣行の基礎の上に、新たに築き立てられた輸入材の文化だったのである。いわゆるズズダマの利用などは小児が戯れに採って遊べばこそ模倣とも見られるが、島では村々の娘たちが、これを身の粧いにしていたのも近い頃までのことであった。つまりは順序としては曲玉より一つ古いものが、保存せられていたわけである。