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かいじょうのみち
海上の道
柳田 国男
まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页
植物七をまず読み、その中に抄録せられた本の、家蔵するものだけは念のために眼を通した。畔田氏の『古名録』はあの中には無いが、幾つかの暗示を提供してくれる。しかし結局主たる資料は幼年時代からの自分の記憶だから、思いちがいは勿論有り得るのである。宝貝については、貝塚氏の『中国古代史学の発展』が大きな感化力で、それがこの一文の発足点にもなっている。ただしそれ以前に私はジャクソンの『文化伝播の証拠としての貝類』を二度ほど読んでいる。黒田徳米氏は勿論是ほど断定的なことは言われないが、私は先生の若干の抜刷類を乞い受けて、自分の考えともし両立せぬ意見があったら、自分の説を引っ込めようと思った。幸いにして是ぞという矛盾はなかったようだが、なお念のためこの文が出たら検閲を乞うつもりである。次には『東洋学報』第二巻の中の故浜田教授の二つの論文、是は二年ほど前に読み、この篇を書くに先だっては見ることができなかった。次に江上波夫君の「極東に於ける子安貝流伝」は、『人類学雑誌』四七巻九号の抜刷を頂戴して二度読み、今も座右に置いている。故伊波普猷君の「子安貝の琉球語を中心として」