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かいじょうのみち

海上の道

柳田 国男

まえがき「海上の道」筑摩書房<br> 1961(昭和36)年<br> 海上の道「心 第五巻第一〇号・第一一号・第一二号」酣燈社<br> 1952(昭和27)年10月~12月<br> 海神宮考「民族学研究 第一五巻第二号」日本民族学協会<br> 1950(昭和25年)11月<br> みろくの船「心 第四巻第七号」酣燈社<br> 1951(昭和26年)10月1日<br> 根の国の話「心 第八巻第九号」生成会<br> 1955(昭和30年)9月1日<br> 鼠の浄土「伝承文化 第一号」成城大学民俗学研究室<br> 1960(昭和35)年10月10日<br> 宝貝のこと「文化沖縄 第二巻第七号」沖縄文化協会<br> 1950(昭和25年)10月20日<br> 人とズズダマ「自然と文化 第三号」自然史学会<br> 1953(昭和28)年2月1日<br> 稲の産屋「新嘗の研究 第一輯」創元社<br> 1953(昭和28)年11月23日<br> 知りたいと思う事二、三「民間伝承 第一五第七号」日本民俗学会<br> 1951(昭和26年)11月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 182,344 字 · 353 页

青空文庫

日本は旧国だけに、こうした田面がもとは到る処に多かったのであるが、久しい年代を重ねて、それが追々と(三)の池掛りというものになった。『日本紀』の崇神・垂仁の御朝の記事などに、韓人に命じて某々の池を築かしめられたことが見える。是を稲作の振興期のように解した人もあるか知らぬが、実は今までの用水が不足した際に、その分配を調摂し、且つ能うべくは新たな田を、開き添えようとしたものであって、その点にかけては(四)の堰掛りと同じに、すでに一種の外資借入れのようなものであった。堰掛りにも大小幾つもの等差がある。近年の新田開発に伴なう大規模な資本事業のほかに、僅かな隣人たちの協力に成ったのもあるが、是とても堰き止めて引いてくるほどの流れが無ければ、小さな島々の住民にはまず企てられないことであった。

以上四つの水利事業は、誰が最も利得するかは場合次第だとしても、技術上にはともかくも次々の進歩であった。したがって稲の栽培の新たなる機会を求めて、次の島に移って行こうとする者が、山が秀で清水のさらに豊かなる大きな島を目ざすのは自然だが、すでに第二第三の灌漑方式の可能なることを知っておりながら、わざわざ(一)の道しかない小島へ渡って、農を営もうと企てることは有り得ないであろう。