Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
Lesen Sie 故郷七十年 (こきょうしちじゅうねん) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 257.350 Zeichen · 507 Bildschirme
私の生家
。当時の医者速成機関で、ドイツ語を使わず訳語で学んだものである。二十六歳で兄はそこを卒業して医者にはなったものの、郷土で開業するには、資本や新しく地面が要る。故郷には医者の親戚も多いというわけで、本人も帰る意志がなかったところに、偶然のことから茨城県のある旧家から嫁をとり、同時に友人の世話で布川という町の、若死した医者の家の跡を借りて、開業することになったのである。兄はそれからのち三十何年目か、大正の末にたった一度故郷へ帰ったばかりだから、ほぼ言葉までが変っていたようである。
私は、こうした兄の悲劇を思うとき、「私の家は日本一小さい家だ」ということを、しばしば人に説いてみようとするが、じつは、この家の小ささ、という運命から、私の民俗学への志も源を発したといってよいのである。
私の生家
私の生れた辻川の家は、私の生れる前年、即ちちょうど祖母が亡くなった翌年、生野街道のかたわらの粟賀か福本あたりにあった老人夫婦だけの、医者か何かの家を買って来て建てたものであった。辻川の街道に面して黒板塀があり、表の空き地には兄が永住の地と定めて、さまざまな花木を植えていた。