Japanische Klassiker mit Furigana
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
Lesen Sie 故郷七十年 (こきょうしちじゅうねん) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 257.350 Zeichen · 507 Bildschirme
子供は二人あったが、弟の方がハーバード大学かどこかで勉強して、今はフランスに帰っているとか。たしか発掘考古学の専門家だったと思う。研究の中心点は中央アジアか、どこかあの辺で、兄弟とも有望な学者である。
ロシアから日本に来た時は、最上級の若旦那のようなくらしで、それがフランスへ逃げ出した当座はまるでどん底だったのに、それをまた通り越して、今ではたくさんの年金ももらっているらしく、面白い一生といってよかろう。
それにあんな国際的な人になると、親子兄弟が一年に一ぺんずつ会う約束をしている。アラビアとアメリカから息子が、パリから父親が、各々飛行機で来て、スペインの海岸でいっしょに夏をすごして、また解散するという、じつに痛快な暮し方をしていると聞いた。
支那の学者では、われわれが『民族』という雑誌を出していた昭和の初めに来て、社会学を勉強して帰った何思敬という人がいた。もとは何畏といって、国民党の大長老で、浙江省出身の張静江の甥という話であった。帰国して、満州事変の前後には、広東の中山大学の法学部長などをしていたこともある。
あのころはやって来ても、日本が威張っているころで、気の毒だったが、今訪ねて来てくれたらいろいろの話ができそうに思う。