Japanische Klassiker mit Furigana
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こきょうしちじゅうねん
故郷七十年
柳田 国男
Lesen Sie 故郷七十年 (こきょうしちじゅうねん) von 柳田 国男 (やなぎたくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 257.350 Zeichen · 507 Bildschirme
君の話はどうも沖縄人固有の気持に水をさすような結果になった。『古琉球』の跋には、この演説のことについて、多少の皮肉を洩らしている。
河上君は学校を出たころは、松崎蔵之助さんの指導で『日本経済新誌』を主宰していたことがある。田口卯吉の『東京経済雑誌』がいちばん古く、その次が天野為之の始めた『東洋経済新報』だったから、河上君のはいちばん新しく、しかもどちらかというと保護経済政策的な色彩が勝っていた。
表紙の赤い雑誌で、私も出たときからずっともらっていた。みるみるうちにその赤さがひどくなったわけである。単純な、詩人肌の、人柄のいい男が、学者として立ってゆけるものを、あんなになったのは不幸だったと思う。
私らがはじめて高等官になった明治三十五、六年ごろ、山崎覚次郎、桑田熊蔵などという人が主宰して、社会政策学会をおこしたことがある。そのとき福田徳三とか、高野岩三郎とかが働き手の中心だったが、関一などもいた。そして河上肇もやがて入って来た。このころから、少しずつ変化を生じたらしかった。私はちょうど一生懸命に官界で働いているときだったので、河上君ともあまり深くはつきあっていなかったと思う。