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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
二
「…………」
「見るのも嫌」
「朱実、かんにんしてくれ」
「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ」
必死になって白い手が闇を打つのである。清十郎は苦しげに息を嚥んでその狂態を眺めていた。やや落ちついたと思うとまた、
「……きょうは幾日?」
「…………」
「お正月はまだ?」
「…………」
「元日の朝から七種の日まで、毎朝、五条の橋へ行っていると――武蔵様からの言伝があったのよ。待ち遠しいお正月……ああ早く京都へ帰りたい。五条の橋へゆけば、武蔵様が立っている」
「……え、武蔵?」
「……」
「武蔵とは、あの宮本武蔵のことか」
驚いて清十郎が顔を差し覗くと、朱実はもう答えもせぬ。青い瞼は昏々と眠っているのである。
ハラハラと枯れ松葉が波明りの障子を打つ。どこかで馬のいななきが聞えたと思うと、そこの障子に外から燈火が映し、旅舎の女を先に立てて、一人の客が案内されて来た。
「若先生は、こちらですか」
二
「おう誰だ? ――清十郎はこれにおるが」
あわてて境のふすまを閉め、何気ない態をつくっていると、
「植田良平でござる」
物々しい旅いでたちの男が、埃を浴びた姿のまま、障子を開けてその端へ腰かけた。