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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
04 火の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页
殊にいつも、養母のお甲と戯れていた又八と思い較べていただけに、思慕の糸が、この年月まで、切れもせずに胸につながって来た。
思慕というものを、糸にたとえれば、恋はだんだんそれを胸のうちで巻いてゆく鞠のようなものだ。何年も会わないでいても、独りで思慕の糸をつくり、遠い思い出も、近い人づての消息も、みな糸にして、鞠を巻いて大きくしてゆく。
朱実も、きのうまでは、そういう処女らしい情操では、伊吹山の下にいた頃から、可憐な野百合のにおいを持っていた。――だが今はもうそれも心のうちで、微塵に砕けている気がするのだった。
誰も知るはずのないことであるのに、世間の眼がみな自分に対して変った気がしてならない。
「おい、娘や、娘や」
こう誰かに呼ばれて、朱実は、たそがれかかる五条に近い寺町を冬の蝶のように、寒々と歩いている自分の影と、辺りの枯れ柳や塔を見出した。
「帯かい、紐かい、なんだか解けて引き摺って歩いているじゃあねえか。結んでやろうか」
ひどく下等なことばをつかうが、身なりは痩せても枯れても、二本差している牢人で、朱実は初めて見る男にちがいないが、盛り場や冬日の裏町を、何の用もなくよくぶらついている赤壁八十馬と名乗る人間。