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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

八

藤次はあきらかに愚弄されたのだ。人を小馬鹿にするも程があるといっていい。当然、烈火のように怒った。

「だまれ。あのように空を翔けている海鳥を思いのままに、眼の前へ呼びよせられるものなら、誰でも斬るわ」

すると美少年は、

「海は千万里、剣は三尺、側へ来ないものは、私にも斬れません」

それ見たかといわないばかりに藤次は二、三歩出て、

「逃げ口上をいう奴だ。出来ませんなら出来ませんと、素直に謝れ」

「いや、謝るほどなら、こんな身構えは仕りません。海鳥のかわりに、べつな物を斬ってお目にかける」

「何を?」

「藤次先生、もう五歩こちらへ出て来ませんか」

「なんだ」

「あなたのお首を拝借したい。私が法螺ふきか否かを試せといったそのお首だ。罪もない海鳥を斬るよりは、そのお首のほうが恰好ですから」

「ばッ、ばかいえっ」

思わず藤次はその首をすくめた。――とたんに美少年の肱は弦の刎ねたように、背の大剣を抜いたのであった。ばっと空気の斬れる音がした。三尺の長剣が、針ほどな光にしか見えないくらい迅かったのである。

「――な、なにするかッ」

よろめきながら藤次は襟くびへ手をやった。

首はたしかに着いているし、そのほかなんの異状も感じなかった。