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みやもとむさし

宮本武蔵

吉川 英治

04 火の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,809 字 · 369 页

青空文庫

九

――刀の柄糸に唾をくれて固く握ったのである。身をかがめて、美少年のうしろへ迫り、こんどは、彼の髷を斬り払ってやろうとするのだった。

――だが藤次には、その髷先だけを鮮やかに斬る確信はなかった。当然、顔にかかる、頭の鉢を横に割るだろう。勿論、それでさしつかえない。

うむっ! 満身が赤く膨れあがって、彼の唇と鼻腔が出る息を結んだ時であった。

――胴の間の彼方で、小袖幕を囲って、最前から、「うんすん骨牌」という博戯に千金を賭けて、夢中になっていた阿波、堺、大坂あたりの商人たちが、

「札が足らない」

「どこへ飛んだのじゃ?」

「そっちを見ろ」

「いや、こっちにもない」

敷物を払って騒いでいたが、そのうちの一人が、ふと、大空を仰いで、

「やっ、小猿めが! あんなところへ!」

高い帆柱の上を指さして、頓狂なさけびをあげた。

九

――なるほど、猿だ、猿がいる。

三十尺もあろうかと思われる帆ばしらの天っ辺に。

下では、ほかの船客までが、海上の旅に倦み飽いていた折からなので、事こそあれと、みな顔を空へ上げ、

「やあ、何か咥えている」

「骨牌のふだですよ」

「ハハア、あそこで、金持ち連がやっていた骨牌を攫って行ったんですか」