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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

六

「そうよ」

と九十郎は尻眼を飛ばし、お吉の顔を見返ったが、

「止めたところで止まらねえ俺だ、愚痴も口説も聞き飽きた。未練のあるうちよ、そんなもなア」

振り切ろうとする袖をいよいよ、堅くとらえてお吉は放さず、

「わしゃもういわぬ、悋気はいわぬ、あくどくいったこれまでの厭味、堪忍しておくれよ九十郎さん! ……厭だ厭だ別れるなんて厭だ! ……義理や掻い撫での人情で、何んで妾がお前さんのために、こうまで下がった商売しようぞ! 先の出世、行く末の安楽、何んでましてやそんなことを思って、私娼夜鷹に零落れよう! ……思っておくれ妾の心を! 好きだからだよ、お前さんが! ……そういう妾を振りすてて……行くとはあんまりな、あんまりでござんす! ……従いてく! 妾ア、どこまでも従いてく!」

「遅いや!」

とそいつを振りもぎり、なお這い寄って手に搦むお吉を、九十郎は邪見に退け、

「半月遅エや、半月なあ。……秋社の梅林の花見帰りに、ゆくりなく助けた大家の娘……」

「何んだとえ?」

「おっといけねえ、こっちの話だ。……お吉、それじゃアもう逢わねえぜ」

「阿漕だ! ……九十郎さん……そんな非道!」