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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

四

「可哀そうだよ、助けてやろう、ともかくも船へ上げてやろう」

「駄目だ、げんが悪い、漕ぎぬけてしまえ!」

「妾が云っているのだよ、ともかくも船へ上げてやろうッて!」

「仕方がねえなあ、では上げるか」

又助の道場の真ん中どころに燭台が一基ともっていて、周囲がわずかに明るい中に、気絶からたった今蘇ったばかりの、織江の躰が横たわっており、その裾の辺に又助が、及び腰をして覗き込んでいた。

二人の無頼漢に襲われて、門弟達が散ってしまった。

その隙に織江を引っ抱え、屋敷へ帰って来た又助であった。

門弟たちの散ってしまったことは、かえって又助には好都合であった。

(玉は俺一人のものとなった。煮て食おうと焼いて食おうと勝手自由だ)

又助の顔には野卑と残忍と、好色の笑いとが浮かんでいた。

四

初穂を自分が頂戴し、後を諸人へ総振る舞い――宿場女郎に叩き売る――というのが彼の目算なのであった。

蒼褪めた顔に唇だけ紅く、閉じた眼の下を睫毛が蔽い、時に痩せた頬の辺へ、乱れた髪がかかっている。そういう織江の容貌は、いたいたしいものの極みであり、美しいものの極みであった。

(悪くないなあ)