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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

四

と声をかけ、九十郎を見捨てて走り出した。

が、三間とは走れなかった。

先廻りをした九十郎が、行く手を塞いで立っていた。

その九十郎、今は本心、嬲るのは止めだ、討って取ろうと、そう決心したらしく、刀を中段へ構えて凄く、競り詰めて行く足も鋭く、しかも剣道の定規に則り「先々の先」を挫くの気合! それでジリリ! ――ジリリ、ジリリと、次第次第に範之丞を、背後へ背後へと詰め出した。

四

次第に詰められて範之丞、今は必死、死に物狂い、一太刀なりと怨まんものと、突きつ、撃ちつ、薙ぎに出た。

と、その先を未然に察し、突くを払い、撃つをかわし、薙ぐを流して九十郎、悠々として一歩一歩、いよいよ詰め、いよいよ押した。

ますます焦心った範之丞、

(神々のご加護、この一太刀に!)

ほとんど最後に残った気力、それで一躍飛び込んだとたん、

「カーッ!」

と掛けた九十郎の声!

三掛け声のその一つ、敵のかかるを挫くのそれだ!

「ハーッ」

範之丞は気を遠くした。

「エッ!」

ダーッ!

体当り!

もんどり打った範之丞、地へ倒れたが天運尽きた、背後は崖、下は湖!

パーッと立った水煙り!

月の光に霧のように見えた。