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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

二

「越中守様のお手を通し、幸い手に入れた切手三枚、これを利用し屋敷へ入り込み、異国好みの田沼めの、仮装の酒宴の乱痴気騒ぎの、隙を窺って貴殿には、戸ヶ崎氏を介添えとし、きっと九十郎めをお討ち取りなされ。……拙者は断じて機会を見出し、田沼めを刺して国をみだる元根を、この世から消す決心じゃ。仕事は大きい油断してはならぬ」

いつもは沈着の殿ではあったが、今夜やるずば抜けた荒料理、そのことを思えば心が躍る、とそういったように声に顫えと熱気と、殺気とをこめていた。

と、この時、これ以前から、一人の年取った百姓が、大根の荷をかつぎながら、一行の後からついて来たが、アーッと大きな欠伸をした。

驚いて一同は振り返って見た。

「爺」冬次郎は鋭くいった。「そちどこからついて来た?」

「この大根でごぜえますかな。この大根売り物でねえんで」

二

「大根のことをいっているのではない。どこから従いて来たかと訊いているのだ」

「よいお天気でございますとも。この分なら明日も大丈夫で」

「アッハッハッ、聾者なのか」

冬次郎は苦笑いをした。

百姓は六人を追い越して行った。

そうして行く手の三叉の道から、右の方へヒョイと反れ、遙かの彼方に見えている、百姓家の方へ歩いて行った。