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ちけむりてんめいじん

血煙天明陣

国枝 史郎

「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页

青空文庫

十四

「兄上範之丞の生死に対し、これまでくどう訊ねられたが、今日こそハッキリお話ししましょう。……諏訪湖の岸で斬り合ったみぎり、拙者に範之丞殿斬り立てられ、後へ後へと退かれたあげく、足踏み辷らせザンブリコと、水中へ落ちてしまわれたのさ。二、三度ポカポカ浮かばれたが、やがて沈んでしまってござる。……その後探った結果によれば、どうやら死骸あがった様子。で、この世にはおりませぬて。……そこで今度はそなたの番じゃ」

やおら九十郎は立ち上がった。

十四

九十郎は猛然とかかろうとした。

と、聞き覚えのある三味線の、河東節の水調子、玉菊の音がきこえて来た。

(あッ)と思わず口の中でいった。

(ありゃアお吉のよく弾いた唄だ!)

そのお吉だがあの時以来――高島城下の事件以来、一度も逢ったことがなかった。殺そう手筈にしていた女、それが殺すことも出来なければ、その後どのような境遇になったか、知ることさえも出来なかった。ただしその後織江と一緒に、下諏訪宿の旅籠にいて、高島の様子を探らせた時、お吉も団八もいないと知れた。

(ひょっとかすると団八め、日頃からお吉をつけ廻していたが、俺にお吉を殺させるかわりに、かえって俺を裏切って、お吉に事情をぶちまけて、お吉を連れて逃げたかも知れない)そんなように考えられた。