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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
九
豪農諸角家のこの屋敷は、そこにいる三人の人間が、小さく見えるほどに広かったが、やはり浅間の爆発や、大旱魃の影響を受け、収入減少したために、手入れをすること出来ないからか、襖は破れ畳は古び、荒涼の体を見せていた。
「殿、お出張りくださりませ!」
「郡兵衛」と冬次郎は重々しくいった。「行く行かぬは即答しまい。というのはより一層重大の事件を、決行しようとしているからじゃ」
九
「それは何事にござりまするか?」
「悪政を施す大名ばらの、元兇を斃すということじゃ!」
「元兇? 殿、何者でござるな?」
「老中田沼主殿頭じゃ!」
「ワッハハハ!」
とそのとたんに、軽蔑と憤怒と憎悪とを雑えた、凄い笑い声が郡兵衛の、髭逞ましい口から出た。
「ワッハハハ、何を痴言! 口を酸くしてこの拙者、百姓の惨苦、一揆の状況、事を細かに申し上げ、お出張りお願いいたしまするや、余はいわゆる名門の出、それに金銭に事も欠かぬ、そういう身分でありながら、惨苦そのもののごとき農民に雑り、総帥めかしく采を揮うこと、後ろめたく良心に恥ずるの、一揆嗷訴もさることながら、それ以上に勢い逸らば、咎人いよいよ多く出で、罪なき妻子までに禍いおよばんの、余がこの度の信濃の旅、直接さようの事件に伍して、働く所存なかりしため、身心の用意出来ていぬのと、言葉を左右に設けなし、断わるさえ