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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
十一
「それにわしはどう考えても、永い命はないように思う。……ここが悪いのだ、ね、ここが」
こういって家治は後脳を抑えた。
「ここも悪いのだ、ね、ここも」
こういって今度は額を抑えた。
「そうしてここも悪いようだよ」
胸の上をオズオズと抑えた。
「永いことはない。……死ぬだろうよ」
「上様、上様!」
とお浦は叫んだ。
死ぬという意味は狂った頭脳にも、悲しいこととして解っていた。
上様が死ぬという! 永い命はないという!
お浦には悲しくも恐ろしかった。
「上様、上様!」
とお浦は叫んだ。
そうして堅く上様の手を、掌の中で握り締めた。
涙が後から後からと湧く。
泣き声が細い笛の音のようにやがてお浦の口から漏れた。
「お浦、いけない、泣いてはいけない」
いいいい家治は眼を閉じた。
眠りが襲って来たかららしい。
「泣くな」
自分では眠りはじめた。
十一
お浦の泣き声が遠い里あたりの、笛の音のように感じられ、家治には快くなって来た。
ウツラウツラした気持ちの中へ、一人の少年が現われて来た。少年の前に貴人がいた。
その前で少年は大字を書いていた。犬という字を書いていた。
大の字を余り大きく書き、点の打ちどころがなくなった。