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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
「東京日日新聞」1933(昭和8)年11月7日~1934(昭和9)年4月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 191,184 字 · 379 页
九
そう思わざるを得なかった。
(このような晩に、うちこわしの夜に、松本伊豆様や赤井越前様など、殿によって役づき世に出られた人々、馳せつけ参らぬはなぜだろうかと、心ひそかに不思議に思っていたが、殿のご老中罷免のこと、早くも知って来られぬと見える。……上流だけに現金ぶりが、下賤のものより甚だしいわえ)
意次の前に椅子に腰かけ、しばらくの間は何んともいわず、貝十郎は俯向いた眼で、床に敷いてある唐草模様の、マドリッド産らしい敷き物を見詰めた。
(老中の権職から離れては、四方敵の多いこの殿の、今後は不遇の連続であろうよ)こんなことも思われた。
「ナーニ、まだまだ大丈夫だ!」昂奮している意次は、椅子から立って部屋の中を、檻の豹のように歩き廻り出した。
「将軍様ご大病、命旦夕! ご他界は知れている! その際参殿、電光石火に、将軍様ご遺言を質として西丸様を斥け参らせ……」
「が、殿にはそのご遺言、お聞きおよびでござりまするかな?」
「…………」
「聞いた聞かぬは二の次とし、将軍様真筆のご遺言状、殿の御敵の桑名侯、松平越中守様のお手なんどに。………」
「何を莫迦な! 痴言申すな! 将軍様真筆の遺言状など、あるはずはなく、よしあるとも、何んの越中定信なんどの手に……」